ボランティア活動

私が、声楽を続けてこられたのは、辛抱強く教えくださった先生方のおかげです。そして、もう一つは、声楽ボランティアを続けた事とつながります。

声楽ボランティア活動は、コロナ感染の前まで

続けました。仕事の時は、有給をとりました。

アクシデントの数は多い。

①始めは、友人Kさんから、誘われたこと。

直後、リーダーのNさんが、ケガのために、長期入院というアクシデント。

私が、準備はやるので、行きましょう。と言った。実は、義母の介護、父の入院、仕事、主人の事、自分の練習をかかえながら、本当は、時間は、なかった。その中で、もくもくと、

老人施設のボランティアの歌詞を書き、プログラムを作り、準備をして行った。睡眠時間は、ほとんどなかった。

その中でも、精神的な病気のため、Kさんは、文句をよく言っていた。

しかし、ピアニストのYさんを応援するため、伴奏代をみんなで、払っていた。

2倍払ってくれた、テノールOさんは、優しい方だった。いつも、和んだ気持ちに、なった。

有り難ったなぁ。

②リーダーNさんが、退院して、

その後、少しの間は、メンバーが揃いました。

テノールOさんが、奥様の病気のため、来ることが出来なくなりました。

しばらくして、代わりに後輩Hさんが、来るようになりました。

③精神的病気のため、Kさんは、色々言い出します。それを回避するために、色々と努力を重ねました。しかし、リーダーNさんとKさんは、衝突、Kさんはお休みをすることになりました。

④メンバーが少なくなり、復帰しないKさんを待っていました。

ずいぶん前から、誘って欲しいというFさんを誘いました。

リーダーNさんとFさんは、友人ということもあり、うまくいくと思っておりましたが、直ぐに、不協和音になりました。

 

アクシデントで、メンバーが揃うこともなく、平穏な時もなく、舞台裏とは、そういうものです。その中で、

私は、ずっとボランティアを続けてきました。

もくもくと、その事は、やはり、しんどく、

楽しいだけでは、ありませんでした。しかし、

人生、なかなか、うまくいかない事を知りました。人生を深めてくれました。

私の粘り強さを高めてくれたことは、仕事に役に立っています。そして、老人施設の方々に応援していただき、人の温かさも知ります。

うまく歌えない時に、アンコールをしてくれて、もう一度歌えるチャンスをくれたり、もちろん良かった時のアンコールは、嬉しいです。

上がり症の私ですから、有難い。元気を頂きました。

先日、Kさんから、私の事、おせっかいは、必要ない、生真面目が仇になると暴言を言われました。

このおせっかいと世話好きと生真面目と粘り強い事を何より自分自身が、知っていて、それは自分を助けてくれます。

そのことで、声楽ボランティアを続けて来られた中にもあります。それを支えて、います。

しかしながら、もう、そろそろ、自分の事をしっかりとやっていく年齢になった事にも、

気がついているから。