歌えない時

母の葬儀が、終わり、声を出そうと思っても、出ない!

母は、私が、子どもの頃、合奏コンクール、

合唱コンクール、ピアノコンクールなど、

私のためについて来てくれた。長時間、待たされることの多かったのに、いつも、嬉しそうで、しんぼう強く待っていてくれた。

少し大きくなると、クラシックコンサートに、ついて来た。しかし、聞いていたことは、なく、ホールに着くなり、眠っていた。

私が、喜んで聞いている姿を見るだけだった。

本当に、過保護の私。一人で行けるところまで、ついて来た。

そんな母の葬儀は、感謝、感謝、です。

大切に育ててもらった。勉強好きの私には、

勉強しなさいとも、言ったこともなく、

ご飯を食べなさいと、言った。学校から帰るとすぐに、ピアノの練習できるよう、部屋の温度、ピアノのふたをあけて、テキストを用意していた。必ず、父が、消灯に来るので、勉強は、時間との戦いだった。

規則正しい生活をする事、手作りの食事をする事、本や新聞を読むことなど、習慣づいていた。大人になると、仕事から、帰り、新聞タイムで、リフレッシュした。

母や姉たちも本好きで、両親の目の良さ、耳の良さは、受け継いでいる。そして、父は、絵を描くのが、上手だった。

父の絵を棺に入れた。どうか、会えますように。と願っている。

声は、精神的ものが、すごく影響するものなのだ。声が、出ますように。

その歌が、歌えるようになるには

グループレッスンの後の、おしゃべりの中で、心❤️が、折れた先生の一言の話で、盛り上がってしまった。

友人が、この曲を歌えるのに10年は、かかると言われた時。

友人が、もっとスリムに歌ってください!!

もちろん、体格良い方で、私に、それを言う?

と、彼女は、笑い😆

そう言えば、個人レッスンの先生が、友人に、

これが、歌いたいと言ったら、来世で、歌ってくれと言われ、大笑いしたのを思い出す。

先生が、歌いたい曲と歌える曲は、違うことを

力説された事が、あったよね!

みなさん、⭕️⭕️⭕️には、なれませんよ。

結論は、先生たちは、何でも、歌ってこいと言うけれど、本当は、その人が、歌うことのできる曲を選んでこいということ??なの??よね!

 

私の前回の課題は、バリエーションをつけて、歌って来なさいと、ヒントのみ。勝手に付けて、もっと、良いバリエーションは、ないかなあ?と。課題は、増えていく。どんどん!!

 

個人レッスンの先生が、前々回、貴女の歌なんか、心配しなくても、誰も聞いてないのだからと言われた。上がり症の私を励ましているようで、励ましてないよ。

心が折れることは、多いこの頃。笑い飛ばすしかないやーあ!

今年度、無事終了、解散のグループレッスンメンバーとの会話で、大笑いの一時。しかしながら、先生、ごめんなさい🙏

歌を続けるためには、心が、強い人が、生き残ります。歌が、あるかぎり!歌が、歌えるかぎり。強い心で、ポジティブですね!

追悼コンサート

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f:id:skyriku:20240223204856j:imageコロナが終わり、やっと、コンサートが始まりました。そして、

素晴らしいソリストたちで、コロナ前に、無念にも、癌で、亡くなったオペラ歌手の追悼コンサートが、行われた。

あまりにも、早く、亡くなられて、まだまだ教えて頂きたい、歌声を聞きたいと思っていたのに。

身体の柔軟性を大切に、研修は、ヨガマット持参でした。

また、映像を実際に見せてくれたことも、年齢を重ねていくことも、図解されたことは、素晴らしい説明だった。

一つの事をきわめることは、凄いことです。無念だったと思う。その先生が、こんなに早く、

神様のところに、行かれるとは!!

なぜ、神様は、決めたのか?

だから、私たちは、日々を大切にすべきだと感じる。健康だけが、財産だから!!

時を大切にしなくては。

色々な、出会いがあります。

人生の中に、この追悼コンサートは、素晴らしいソリストの歌声とともに、強烈なものでした。

レッスン日誌

先日のグループレッスンの歌は、毎回自分で、歌を選ぶため、苦労も多い。春の歌を歌ってきた方。アベマリアを歌われた方。本番を間近かな歌を歌われる方。ドイツもの、イタリアもの、近代から古典、以前の曲。やり始めた曲。みんな、ねらいや、目的も、違うが、なんとなくねらいが、わかります。

テキストを読む覚えるのが、アベマリアなど、歌詞が、アベマリアです。しかし、歌ってみると、とてつもなく難しいことに、聴いていて、気づかされるのです。f ホルテで、歌うより、Pピアノで歌うのは、難しい。

先生が、アベマリアをppで歌いませんよと、言われた。しっかりと大きく歌いなさいと。

そうです。ロングトーン、なめらかに、ゆっくり、なかなか伸ばせませね!その人は、ベテランの方でしたが、やっぱり!!音が、下がってしまいました。

歌詞が、少ない歌ほど、注意です。

日本歌曲は、日本語だから、と思い油断していると、歌詞が伝わらないと、すごく、指摘を受けます。

近代ラスピーギのアリアを歌った友人は、かなり頑張って、新鮮でした。

そうなのです。どんな歌でも、難しく、なおすのに、ひと苦労で、💦汗!!

どんなに、歌える人でも、そのレベルレベルで

指導されるので、悪くありませんねが、褒め言葉です。

私は、得意なものを持っていっても、そのレッスンで、なおすことが、対応できないことが、悲しい。そうです。それが、出来るようになれば、かなり、冷静に、歌えるのですが、まだまだです。

春が、そこまで来ておりますが、まだまだ、私の冬は、続きます。

 

 

ウォーキング

小学生の時に担任だった先生とその先生の出版を記念行事を開催するために集まった教え子たちの集まりで、ウォーキング2回目!

鴨さん🦆ウォーキングでした。

300記念行事でした。7キロの道のり!ワイワイ、ガヤガヤ!

たどり着き、🦆さん大喜び!餌をくれと。

美味しいパン、米、キャベツ!!

大喜びです。もちろん、鴨🦆!いえいえ、餌を投げ込む、私たちです。

今年は、暖かくて、良い天気で、良かったです。

その後、宿題発表会。

レザークラフト作品発表でした。

皆んな、ブレない人たちで、面白かったし、すごく、頑張っておりました。

先生の歌を聞くのは、もちろん、恒例です。

それにしても、個性的なメンバーと秘めたる才能に驚きます。

筋力つけて、歌を歌おう!

喜寿を迎える先生のお元気な姿を見て、いつまでも、お元気でと願っております。

ボランティア活動

私が、声楽を続けてこられたのは、辛抱強く教えくださった先生方のおかげです。そして、もう一つは、声楽ボランティアを続けた事とつながります。

声楽ボランティア活動は、コロナ感染の前まで

続けました。仕事の時は、有給をとりました。

アクシデントの数は多い。

①始めは、友人Kさんから、誘われたこと。

直後、リーダーのNさんが、ケガのために、長期入院というアクシデント。

私が、準備はやるので、行きましょう。と言った。実は、義母の介護、父の入院、仕事、主人の事、自分の練習をかかえながら、本当は、時間は、なかった。その中で、もくもくと、

老人施設のボランティアの歌詞を書き、プログラムを作り、準備をして行った。睡眠時間は、ほとんどなかった。

その中でも、精神的な病気のため、Kさんは、文句をよく言っていた。

しかし、ピアニストのYさんを応援するため、伴奏代をみんなで、払っていた。

2倍払ってくれた、テノールOさんは、優しい方だった。いつも、和んだ気持ちに、なった。

有り難ったなぁ。

②リーダーNさんが、退院して、

その後、少しの間は、メンバーが揃いました。

テノールOさんが、奥様の病気のため、来ることが出来なくなりました。

しばらくして、代わりに後輩Hさんが、来るようになりました。

③精神的病気のため、Kさんは、色々言い出します。それを回避するために、色々と努力を重ねました。しかし、リーダーNさんとKさんは、衝突、Kさんはお休みをすることになりました。

④メンバーが少なくなり、復帰しないKさんを待っていました。

ずいぶん前から、誘って欲しいというFさんを誘いました。

リーダーNさんとFさんは、友人ということもあり、うまくいくと思っておりましたが、直ぐに、不協和音になりました。

 

アクシデントで、メンバーが揃うこともなく、平穏な時もなく、舞台裏とは、そういうものです。その中で、

私は、ずっとボランティアを続けてきました。

もくもくと、その事は、やはり、しんどく、

楽しいだけでは、ありませんでした。しかし、

人生、なかなか、うまくいかない事を知りました。人生を深めてくれました。

私の粘り強さを高めてくれたことは、仕事に役に立っています。そして、老人施設の方々に応援していただき、人の温かさも知ります。

うまく歌えない時に、アンコールをしてくれて、もう一度歌えるチャンスをくれたり、もちろん良かった時のアンコールは、嬉しいです。

上がり症の私ですから、有難い。元気を頂きました。

先日、Kさんから、私の事、おせっかいは、必要ない、生真面目が仇になると暴言を言われました。

このおせっかいと世話好きと生真面目と粘り強い事を何より自分自身が、知っていて、それは自分を助けてくれます。

そのことで、声楽ボランティアを続けて来られた中にもあります。それを支えて、います。

しかしながら、もう、そろそろ、自分の事をしっかりとやっていく年齢になった事にも、

気がついているから。

 

 

 

 

 

 

レッスン日誌

レッスンを続けることは、ほんとに、辛抱がいる事でもあり、楽しい事でもあります。

才能ないあるにかかわらず、続けるということの意味は、先にあるのか?そのことに、何も賞賛される事もないけれども。そこの道のりをどんだけ、苦しみ、楽しみ、歩んで行くのか?

その人の生き方のみです。

それは、孤独でもあります。

音楽🎵をやめる事を考えない日は、ありません。しかし、また、歩みます。

自分の生き方を貫きます。

才能があれば、あったで、壁が出来るのでしょう。私のように、才能がなければ、無いことに、なげいても仕方ありません。

舞台で、ひどい歌を歌ってしまった!

何度も、何度も、!!

それでも、続けるていることは、自分の人生の中にそれがあったから??

今日は、個人レッスンです。細かく、聞かれており、注意されます。流石、先生!

明後日までに、言葉が、読める??また、切羽詰まりました。一夜漬けをして、やります。

明後日、グループレッスンの日です。

こんな風にならないように、日々、やっていかないと、行動しなくては、いけないと、TVの説法でも、言われいたのに!

3日坊主を続けると、進めるとも言われていますが。

今から、始めましょう。今てすよね!受験生のように、自分に言いきかせてみます。